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仕事に「夢を」?

仕事はほとんどの場合、その人でなくともいっこうに構わないものです。その人が降りたら誰かほかの人がやってのけるでしょう。いや、俺でなければ駄目なのだ、という自負心は自己欺瞞です。 ー 中島義道(人生を半分降りるより)

本当に、この通りだと思います。一方で、こうした自負心の塊のような人がいます。最近、そうした類の人がいましたので、そのことについて、書きたいと思います。

仕事に「夢」は必要か?

最近、来年に就活を控えた大学生を対象とした職場見学のようなものがありました。そこで、その職場見学の手伝いに駆り出されたのです。別に、人事担当の部署でもないのですが、受付や案内などの雑用を押しつけられた次第です。

そこで、職場の先輩の話を聞くというコーナーがあり、私もその場で一緒に話を聞くような形となりました。

その日、登場したのは50代の副課長クラスの人物。冒頭、自分の所属する課の業務内容を一通り説明したあと、「新入社員に求めること」や「社会人として身につけてほしいこと」などを語り始めたのです。

役職のあるものが、上から目線で語り始めたら要注意です。私は、この流れに、イヤな予感がしました。

案の上、話し始めた内容は、聞くに堪えないものでした。その一つが、タイトルで挙げた「仕事に夢をもってほしい」というものです。そして、「夢」は誰かが与えてくれるものではないから、自分で見つけてほしいとのこと。そのほか、「仕事をこなすだけの人間にならないでほしい」だの、「情熱を持って仕事をする人材が欲しい」などとのたまいました。

エェーイ!何を偉そうに口先のきれいな事ばかり、ほざいているのか!仕事に「夢」?そんなもの、あるはずがないではないか。毎日、毎日どうでもよいこと、自分の人生に何の関係もないことをやっていて、何が「夢」なのでしょう?まったく意味が分かりません。

私は、まさに「仕事をこなすだけの人間」です。それのどこが悪いのでしょう?

少し人を見ればどんな人かすぐ分かる?

さらに、唖然としたのが、「人を少し見ればどんな人か分かる」と言っていたことです。彼が言うには、仕事に情熱を持って取り組んでいるかどうかは、少し見れば、また話をしてみれば、すぐにわかるとのこと。ゴウマンとしか言いようがありません。

見た感じがよくて、話もうまい人間でも、仕事にまったく情熱はないかもしれず、陰気臭くて話が下手な人間でも、実は秘めたる情熱をもって仕事をしているかもしれないではないですか。見かけと実際が異なるということが多々あることは、小学生でも理解できるでしょう。

それを、「オレは見ただけでどんな人間か分かるんだ」などと、よく恥ずかしげもなく言えるものだと思います。

仕事に「夢」も「情熱」も必要ない

冒頭、中島義道氏の言葉を挙げましたが、まったくその通りだと思います。その仕事を私が、あるいはあなたがしなけらばならない理由などどこにもないのです。私やあなたがしなければ、誰かほかの人がやるだけなのですから。

ですから、仕事に「夢」や「情熱」など特殊な感情を持ちこむ必要はまったくありません。たんたんとこなして、片付けていけばよいのだと思います。しかし、その一方で、やる気のないやつとレッテルを貼られると身の置き場がなくなってくるので(これはこれだありかもしれません)、やる気のある「フリ」くらいしておくのも戦略の一つと言えるでしょう。

そして?そして、私はセミリタイアをするのです。自由の身になることを夢見て(これこそ「夢」でしょう!)、明日もたんたんと仕事を片付けるのです。